ことりログ

日々のつぶやきをつらつらと

In one of the stars I shall be living. In one of them I shall be laughing. And so it will be as if all the stars will be laughing when you look at the sky at night.

子供たちの革靴を磨きながら思ったこと

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中学生だと学校によっては運動靴で登校する学校が多いのでしょうか?
うちは中学校から革靴だったため、入学当時から
「朝は靴を磨いてから学校に行きなさい」
と言い続けてきました。

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最初はそれまで小学校に履いて行った運動靴から、革靴で急に大人になった気分が高まっていたせいか、朝学校に行く前、玄関にしゃがみ込んで靴を履く前に磨いたり、革靴を履いてからつるっと撫でて行ったりと、それなりにケアはしていました。

そのうちだんだんやらなくなり、ま、男の子だしそんなもんだよなと思いつつ私が磨いていたのです。ただその頃はアニーもまだまだ可愛いもの、アニー流の表現で感謝を表してくれてもいましたっけ。

参照:タク流、「女性の転がし方」


今は・・・「やって当然」位に思われていますけどね。
仕方ない、靴磨きは自分の自己満足の一つとしてやることにしています。ピカピカの靴を我が子が履いているのを見るのはやっぱり気持ちがいいし。


さてそんな風に子供たちが帰宅後、玄関を通りがかった時や、寝る前に戸締りを確認した時など、気づいた時にササッと靴を磨いています。
今はそこに、
「あぁ・・・アニーの革靴をこうして磨けるのもあと半年だなぁ・・・」
なんていうセンチな感情も加わっちゃったりして、靴磨きをしながらついうっかり涙がにじんでくるっていうバカ親っぷり(笑)

もしかしたら、成人式のスーツに履く革靴も磨いてるかもしれないのにね(*_*; ←十分あり得る


先日もそんな風に寝る前に靴を磨いている時に、ふと思い出した昔の事。


私が中学生の頃、近所に住む、全然仲が良くないしリスペクトもしていない、意地悪なお姉さんと(笑)一緒にバス停まで行っていました。
私より学年が二個上だから、私が中学一年生の時、その人は中学三年生だったわけで。ということは、今思うと一年しか一緒に通っていないわけですね。

どうしてその人と一緒にバス停まで行っていたのかわからないけれど、もしかしたらその頃学校から、近所の人と一緒に行くように、というお達しがあったのかもしれません。

とにかく意地悪なお姉さんだったので小学校の頃から苦手な人だったのです。
意地悪と言ってもジャイアン的な意地悪さではなく、頭がいいので嫌~な感じの意地悪をするわけです。そして自分が前に出るようなヘマは絶対にせず、頭脳となって裏で意地悪を仕掛ける人でした。

余談ですがその人、今は中学校の先生。

当時、毎朝私が必ずその人の家に迎えに行き、その人がお出ましになるまで玄関でずっと待たされていました。下女のようだったなぁ(笑)
で、奥からしずしずとあらわれ、靴を履いて何も言わず玄関を出て行き、そのあとを私が着いて行く・・・という毎日。もんのすごーく威圧的な人でした^^;


で、毎朝玄関にはキチンと揃えられた革靴が。もちろん毎朝ピカピカに磨き上げられていました。それは子供心に強烈に印象に残っていて、
「靴ってこんなに光るんだ」
と感心したほど。

ある朝、一度だけその人の母親が靴を磨いている場面に遭遇したことがあります。
オーラという良いものではない、威圧感というのがピッタリなものをまとった娘とは違い、母親は人当たりはいい方(良い人ではなかったのですよ、私も子供ながらにさまざまな話を聞いて知っていました。うちの母はいびられてたし)だったので、私にもよく話しかけてくれたし。

その朝の光景は、多分私がその家に到着する前に毎日繰り広げられているものだったのでしょう。それがたまたま時間のずれがあって、私が垣間見ることになったわけで。

でもなんとなく、見てはいけないものを見てしまったような、華やかな舞台の裏側を見てしまったような気がして、いつもなら
「おはようございます」
と言って入っていくのに、それをためらってしまうような気持ちにさせられたことを覚えています。

当時はそれを見て、
「親に自分の靴を磨かせるなんて。しかもそれを甘んじて受け入れている母親なんて・・・」
と思っていました。

それから三十年後には、あの時のおばさんのように私も子供の靴を磨いているのだから・・・当時の自分が知ったらきっと呆れられるでしょうね。


その時の母親の背中が妙に目に焼き付いていて、今自分が子供たちの靴を磨く時には
「悲壮さが背中からにじみ出ないように、楽しく、やらされてるのではない感を醸し出そう」
と思いながら磨いています。あまり意味はないかもしれないけど^^;

もちろん、その人の母親も楽しく磨いていたのかもしれないし、やらされている感なんてこれっぽっちもなかったのかもしれませんが。
私が想像の翼を広げすぎているだけかもしれません。

でも、なんとなくね。
子供たちが大きくなって、
「そういえばうちの母親、僕たちの靴をいつも楽しそうに磨いてたよね」
と思い出してもらえたらいいかなと。
「靴磨きが好きだったんだね」
とでも思ってもらえたらいいかな。


毎朝、ホコリ一つ着いていない黒光りした革靴に、当然のように足を入れて黙って出て行くその人からは、私には感謝の気持ち一つも感じませんでした。
でも今思うとそんなものかなとも思います。

アニーとトートだって、特に
「靴を磨いておいてくれてありがとう!」
とは言葉に出すわけでもないし、私もそれを求めているわけでもないし。

結局のところ、あのおばさんも今の私と同じように自己満足で磨いていたのかもしれませんね。

同じ立場になってみて、何十年も「それが正解」と思ってきたことが、突然反転することがありますね。だからこそ楽しいのかも。
これからも私の硬い心(笑)を溶かしてくれる「経験」をたくさんしていきたいな。
そして、それを経験させてもらえるのもアニーとトートがいてくれたおかげ。子育てって本当に自分育てですねぇ。


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