ことりログ

日々のつぶやきをつらつらと

In one of the stars I shall be living. In one of them I shall be laughing. And so it will be as if all the stars will be laughing when you look at the sky at night.

改めて思う、アニーのバイオリンの色

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久しぶりのバイオリンの話。
いつも車の中ではJ-waveを聞いていますが、子供たちがまだ小さい頃、スズキメソ―ドにいた頃は、
「とにかくCDを聞きなさい」
と言われ続けていたので、車の中では必ずその時練習していた曲を流していました。


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スズキは耳で聞いて覚えるというのを基本練習としていたので、日常的にCDを流しておくようにとのことだったのですが、家の中でもずっと流してはいましたが、テレビをつければ消さなければならないし、車の中で流しておくのが一番都合が良かったのです。

今でも基本的には車の中でその時の練習曲をかけていますが、スズキの頃の練習曲は、
【ピアノ伴奏とバイオリン】
だったので、流していてもバイオリンの音が拾いやすい・・・ということがありました。

が、今の曲はオーケストラの協奏曲も多く、バイオリンの音に辿り着くまでにえらく長い演奏を聞かなければならないという曲などもあり、どうも「単なるBGM」になってしまう感じだったのです。

しかも、私がせっせと車の中で発表曲を流していても、当の子供たちは自分たちのipodで耳をふさいでいるという(-_-;)
何度
「あほらし!」
と言ったことか。

そのうち、
「発表曲はボクのipodに入ってるから大丈夫だよ」
なんてもっともらしい事を言うようになり。

もちろん、BGMで流しておくより、イヤホンでダイレクトに聞くに越したことはありません。
聞くならば、ね。

正確には、
「聞きはしないけど、一応ボクのipodに入っているから大丈夫」
ということなのです、もうっ。

そんなこんなで、結局車の中でも曲を流していることもほとんどなくなり、今では自分が聞きたいFMラジオをつけっぱなしにしています。

しかし先日、な~んかこう、胸がむしゃくしゃするというか、もやもやするというか、なんだかなぁ~と思うことがあって、車の中で思いっきり歌でも歌ってストレスを解消しようと思ったのです。

が、あいにく車のオーディオにはバイオリンの曲ばかりしか入っておらず、ちぇっと思いながらリストを順送りしていて、間違って違う場所を押してしまい、聞くつもりもなかったCDが始まってしまいました。

それは、以前コンサートに行った時にサイン欲しさに買ったこのCD。



あぁ、今聞きたいのはこれじゃないんだよな・・・日本語で歌ってるものが聞きたかったんだよ・・・
と思いながら、他の曲をかけようか、それともラジオで笑ってストレスを発散しようか迷ったのですが、流れてきた樫本さんのバイオリンの音色に・・・


打たれました。



まるで雷に打たれたかのような衝撃!
と同時に、目の前に一気に華やかな色が広がっていく感覚と、艶やかで色とりどりの大輪の花が開いて行くような、そんなイメージが。

そして不意に、
「あぁ・・・トートのバイオリンはこういう色がまったくない、モノクロームの世界だったんだ・・・」
と愕然としました。



この曲は先ほどのCDには入っていませんが、見に行ったコンサートも、この動画のコンスタンチン・リフシッツさんのピアノと一緒でした。

なぜ、こんな風に感じたのか。
これまでも何度も何度も聞いていたCDだったのに、なぜ今そう感じたのか、とても不思議でした。

でもその理由はすぐにわかりました。


アニーは今年の4月にバイオリンレッスンを終えて以来、受験勉強に取り組んでいるのでバイオリンを弾いていません。
一度だけ、どういう風の吹き回しか知りませんが、バイオリンを引っ張り出して弾いていたことがあります。情熱大陸とか弾いてたけど(´-ω-‘)

私は、バイオリンはクラッシックが好きなので、ちゃらけた曲は弾いてもらいたくないし、本物の(日本の商業的ではない)バイオリストの演奏を聞くようにと、二人には昔から言っています。はかせたろとか、ありえな~い!


話がそれましたが、要するにここ数か月間、家の中で流れるバイオリンの音はトートの弾く音だけ。
今回練習している曲はトート本人が好きで弾きたいと思っていた曲だし、元々真面目でコツコツ型のトートだから、きっちり発表会まで合わせてくるだろうから安心、と思っていました。
そこにはなんの心配も疑いもなく。

でも・・・
トートの演奏には絶対的に「色」が欠けていることに気が付いたのです。あのアニーにすらあった色気みないなものが、トートには皆無。
これはちょっとショックだったなぁ。

トートは現在中学二年生、14歳。「音に色気」を求める方が無理だろうし、そういう装飾的なものはこれから備わってくるのだと思うのですが。
というか、昭和歌謡ばっかり聞いているけど、そういうのもバイオリンの音に反映されるのかなぁ(笑)


そこでいろいろなことに気付かされたのですが、ずっと私は
「アニーは不器用、トートは器用」
だと思ってきました。もちろんそれは今でも根本的には変わっていません。そして、
「芸術センスの皆無なアニー、芸術センス無限大のトート」
と思っていました。

が、それが最近ちょっと私の中で変化してきていることに気付いたのです。

アニーの進路は希望として「芸術関係」なのですが、私はそれをずっと否定してきました。そんなの絶対に無理、と。なぜ無理なのかと言えば、小学校や中学の図工の時間に書いた絵が、あまりにも下手過ぎて幼稚過ぎて、もう笑うしかないほどだったから。

かたやトートと言えば、信じられないほど上手な絵を書き作品を作りだし、周りにいる大人たちを驚かせてきた子。
どう考えても、アニーにはないものを弟のトートが持っている、と思わざるを得なかったのです。

でも待てよ、と。
芸術関係と言っても奥は深く、可能性は無限大に広がっています。アート作品と言われるものは、年齢や世代・ジャンルを超えて無限にあります。

そのどこに属すのか私にも全くわからないけれど、たま~にピカッと光り、硬くなった私の心すらも一瞬で溶かす奇跡を持っているアニーには、もしかしたら私だけじゃなく、ごくわずかではあるけれど、特定の人に届く何かを作り出せるのではないかなと。

トートだって、絵や工作が上手いから単純に考えて「何かを作る人」になるかなぁと思っていたけれど、そこから発展してどういう道が開けているかなんて誰にもわかりません。


アニーには芸術的なセンスなどない、と思い続けていたことを深く深く反省した瞬間でもあったし、同時にアニーのこれから先が広く開けたような気もした瞬間でもありました。


スズキでバイオリンを始めた頃から、とにかく下手くそだと思い続けていたし、いつまでも経っても上達しないアニーに比べ、何の問題もなくサクサクと教本を進めていくトート。

比較なんてするつもりもなかったけれど、どこかで決めつけている部分もあったのは確か。だからこそ、今こんなにアニーの演奏に感動させられて驚いているのでしょうから。


あ~、言いたい、今バイオリン(ピアノでもなんでもいいけれど)を習っていて、下手くそすぎて「レッスン代の無駄!」と思っているお母さんへ!

絶対無駄じゃないですよ!私が言うのだから間違いないです。

あの・・・あの演奏が、数年後こんな風に色とりどりの華やかさを持った演奏を聞かせるようになるなんて、一体誰が想像したことか!
そして、中学入学時を乗り越え、高校入学時を乗り越え、高校三年生まで続けさせたからこそたどり着けた場所です。

中学は部活が始まってお稽古を辞めるタイミングになってしまうことがほとんどだと思います。通うのが大変なのもよくわかります。
でも!そこで辞めたらゼロです。音に色が付くのは高校生になってから。特に男の子(しかも不器用な子)は絶対に高校生まで続けるべきです。

真っ暗な道をどこまでもどこまでも歩いて、そろそろ曲がろうかなと思いながらも、「いや、まだまだだ」と思いながら曲がらずに来た曲がり角。

我慢したら我慢した分、最後の曲がり角を曲がった先には、今までの真っ暗な道が嘘だったかのように、光に満ちた場所が絶対に待っていますよ!
アニーを育ててきた私が言うのだから間違いないです^^;

そして、私も今はトートの道の暗闇の真っただ中。最後の曲り角を目指し、諦めず励まし続けます♪
トートの辿り着いた場所には、どんな花が咲いているかな・・・?


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