ことりログ

日々のつぶやきをつらつらと

In one of the stars I shall be living. In one of them I shall be laughing. And so it will be as if all the stars will be laughing when you look at the sky at night.

戦争の実体験を生で聞いて言葉を失うトート

0

今の子供たちにとって、戦争っていうのは教科書や映画の中の話に感じるのかもしれません。
そういう私だって戦争の話は両親から聞いただけのこと。ただ、アニーやトートよりはもっと身近というか・・・実際には体験していないけれど、もっと「近い」感じはしていました。


スポンサーリンク



それは多分、私が育ってきた時代はまだまだ戦争の事を取り上げる番組や追悼式などの、
「あの過ちを二度と繰り返してはならない」
というようなものが多かったからかなと。

そして、そういう番組を見ながら父と母が、
「こんなもんじゃなかったよ。映像では映せないような、もっともっと悲惨なものだったよ」
とか、
「東の空を見ていると、遠くの空でキラキラと光るものがよく見えたけど、それは爆撃を受けた飛行機だった」
とか。

そんな話を横でされて育った子供は・・・そりゃぁ戦争の疑似体験をしたようなものといってもいいかも(-_-;)
何度もそういう話を聞いた後は、
「あぁ、戦時中に生まれないで本当に、本当に良かった」
と、その時の幸せを噛みしめたものでした。


でもそんな経験があるからこそ、
「戦争は二度とあってはならないもの」
と、私のような世代でも思えるのだと思うのです。


そういう経験があるからかどうなのかわかりませんが、戦争のドラマや映画はどうも苦手だし、ゲームなどでも戦い合って殺し合って・・・的なものも苦手。
ただ単に趣味の問題だとは思いますが。



うちの子供たちはゲームもしないし映画は見ても戦争映画などには興味がないようで、その点だけはちょっと安心。
なんというか、今の若者(という言い方もあまりしたくないですが)は戦争でもなんでもこい、くらいの気持ちがあるように思えてならないのです。

バーチャルな戦いに慣れていると麻痺していく感覚、とでも言うのでしょうか。ちょっと空恐ろしいような気もしてきます。


母は東京に住んでいたので東京大空襲を経験した一人です。その話を子供の頃から何度も何度も聞かされているうちに、
「生きていることって奇跡なんだ」
と自然に思うようになりました。

だって、空からはヒョウが降るようにバラバラと爆弾が落ちてきたそうなのですよ?
それをかいくぐって来られただけで奇跡だと思うし、いつだって死は隣り合わせの毎日だったのですから。

その経験があるからなのか、母は本当にタフです。精神的に強いというか、地震の時に水が止まったり停電になった時も、さぞや落ち込んでいるかと思いきや、一番タフだったのは誰あろう母。

こんな時だからこそ工夫して生活しよう!という気持ちが体から溢れているようで、頼もしさを感じたものでした。


先日、アニーが朝から模試に出かけ、夜までフリーになったことと、オットーも帰って来ない週末だったため、久しぶりに私の実家と一緒に買い物に出かけました。


「せっかくアニーさんもいないからどこかに出かけようか?お父さんのところに遊びに行く?」
「いや・・・いい。家でのんびりしてたい」
「でもアニーさんがいたらお母さんも出かけられないし、今日はチャンスなんだよ?」
「家でまったりしてる方がいい」
「うーん、じゃぁおばあちゃんとどこかに行く?」
「いいね!それなら行く!」

・・・ということで出かけることになったわけですが、オットーのいる都会に遊びに行くよりもおばあちゃんに会う方を選ぶって・・・うちの兄弟はどんだけおばあちゃんにハートをつかまれているのか(笑)

母も車に乗っていたトートと見て驚いていました。
「親やおばあちゃんと一緒になんて、出かけたくない年頃なんじゃない?あなたが無理矢理連れてきたんでしょ」
と。

いやいやいや、本人の希望です。


車の中で、先日放送していたNHKスペシャル「カラーでよみがえる東京~不死鳥都市の100年~」の話になったのですが、母もその番組を見たらしく、テレビでは語られない、「その場所にいた人間の見た」目で語られる話に、それまでイヤホンで耳をふさいでいたトートも思わずイヤホンを外し、会話に参加。

私も何度も聞いたけれど、これまでとはまた別の視点から質問をするとそれにちゃんと答えが返ってきて、いやはや、驚きました。

ついこの間まで「花子とアン」を見ていて、その中でも後半は戦時中の東京をやっていましたが、防空壕も家の土間に掘ってあったとか(知らなかった!共同の防空壕に逃げ込むのだと思ってた!!)、夜電気が漏れないように目張りをしていた話とか。

テレビでしか知らない情報を、自分のおばあちゃんが、自分の母の親が実際に経験したということに興奮気味のトート。
そりゃそうですよね。平成生まれの子供には、「本当に戦争というものがあったんだ」ということすらもうベールの向こう側の話なのでしょうから。

そして、母の東京大空襲を語る上で欠かせない、「萬年橋事件」。
これは・・・以前詳しく書いた記事があるので是非読んでみてください。

母のルーツを巡る旅・富岡八幡宮~深川 萬年橋

今回の話を初めて聞くトートは興味深く聞き入っていましたが、私と妹が何に一番驚いたって、普段は人の名前も日付も全く思い出せず、
「ホラ、あの人」とか
「昔さ」という話が一週間前だったりとか、忘れっぽいのは昔からで私たち姉妹はそれに慣れっこでしたが、
「9月10日の・・・」とか
「萬年橋の・・・」と日付や名称をはっきりと思い出して話していること!よくそんな昔の事を、忘れっぽい母が覚えているなと感心しました。

そのことをあとでアニーに話したところ、
「それだけ幼少時に恐ろしい体験をしたってことだよね」
と言っていました。


一夜明けた萬年橋の上、帰る家は焼けてしまったため、父親の実家のある場所まで歩いて行ったのだそうですが、その道には真っ黒に焼け焦げた、おびただしい数の人・人・人・・・
それをよけながら、火事による突風で目も開けられない・息もできないような中を延々歩いたのだとか。

さすがにそのあたりの生々しい話になるとトートも絶句。かなり衝撃を受けたよう。そりゃぁそうでしょう・・・大人の私だってかなりキツイ話なのだから。


帰ってきてからトートは、
「いやぁ・・・凄い・・・疎開・・・防空壕・・・東京大空襲・・・」
と、何度も言っていました。

でもね、こういうな話を直接聞かせることができたのは良かったなと思うのです。なかなかいないでしょ、こんな話を聞ける子供って。

戦争がいかに悲惨なものだったのか、真実をちゃんと知ることがこれからの時代を担う子供たちには必要なことだろうなと思います。
アニーやトートが、母の貴重な体験を聞いたことで、平和を考えるきっかけになってくれればいいなと感じました。


☆゜.+:。゜ 今日も読んでいただきありがとうございます ゜.+:。゜☆

にほんブログ村 子育てブログ 中学生の子へ
にほんブログ村


スポンサーリンク

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

該当の記事は見つかりませんでした。