ことりログ

日々のつぶやきをつらつらと

In one of the stars I shall be living. In one of them I shall be laughing. And so it will be as if all the stars will be laughing when you look at the sky at night.

教育的指導

2

以前、テレビの「マツコ有吉の怒り新党」を見ていた時のこと。

何かの話題から話しが広がり、有吉が学生の頃、先生に殴られてる友達を見て
「あ、こいつ殺されるな」
と思ったのだそう。


あぁ・・・と納得するマツコ、そして私(笑)

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まぁさすがに私は殺されるとまでは思わないけれど、
「絶対に教育的指導ではないよな」
と思ったことは何度もあります。

高校の部活だって、結構ビンタをもらいました。
別にビンタもらうほど悪いことをしたわけじゃないのですがね。


でもそれがなんというか「青春の思い出」にもなっているし、
「正座させられてビンタされてさ~」
なんて、未だに部活の友達と集まるとその話になるし。
多分、年々話が少しずつ大きくなっていると思われます(笑)



小学生の頃、厳しい先生がいて(あの頃はみんな厳しい先生ばかりだった気が)、
中でも顔がいかりや長介みたいな顔で、上背もあって、常に怒鳴り散らしている男の先生がいました。

その小学校は校舎が古く、もちろん木造。
階段なんて宝塚かっ!って思うほどの大階段。
その大階段の手すりは太くてとても立派で、生徒たちによって撫でられ続けて、すべすべで滑らかな表面になっていました。

その階段を使うたびに、
「この手すりに乗って漫画みたいにスーッと滑ってみたい!!」
と思いました。

きっとそう思うのは私だけじゃなかったと思います。


ある時、階段には私一人しかおらず、「今がチャンス!」と思い、手すりにまたがりました。
その瞬間、
「バチーーーーーーーン!!!」
と頭をひっぱたかれたのです。


突然のことに一体何が起こったかわからないほどでした。
目から星が出るってああいうことだと思います。

背の高い男の先生が、腕を振り切って殴ったのだから、頭がくらくらしたことをよく覚えています。
およそその年齢の女の子に対する罰ではないです。
今でも、私がしたことと受けた罰のバランスが取れていないと確信しています。


くらくらして何が何だかまだよくわからないところに、さらに追い打ちをかけるような怒鳴り声。
雷が落ちるとはまさにこのこと、と思いました。


たしかにね、危険なことだとは思います。
何より、手すりから落ちて怪我でもしたら大変だしね。

ただその頃に「学校の管理責任」なんて皆無の時代だったし、だいたい子供の運動神経をなめちゃいけません。
その当時の子供の運動神経で、手すりから落ちるなんてことはまずあり得ないし。


だけど規則違反といえばそれまで。
そして、子供心に理不尽だとは思っても、納得はしました。


「悪いことをしちゃったから仕方ない」と。
と同時に、
「今度は絶対に見つからないようにやろう」
とも。


こんなことは学校でちょくちょくあったし、家に帰って親にも言わなかったと思います。
言ったところで親から叱られるのがオチ。
あの当時、
「それは学校の先生がやり過ぎだわ」
という親なんて周りには一人もいませんでした。

もちろん教育委員会にチクる親だって。


有吉とマツコの番組を見ていてそのことを思い出したのですが、有吉が、
「行き過ぎた指導があったにしても、自分がそれくらい悪いことをしたんだなと思って納得していた」
と言っていたので、
「そう、そうなのよ」
と思わずテレビに向かって言ってしまいました。


納得はしなくても理不尽だと思っても、そのあとに行動を起こすことはなかったし、そうやって育ってきたのよね、私たちって。



廊下で頭を殴られた時も、
やったことと受けた罰の対価が違い過ぎていたし、先生の個人的な感情が入りまくっているのは子どもながらにわかったけれど、だからってどうのじゃなかったのですよね。



もひとつ思い出した、小学生の頃のこと。

田舎の小学校で何のとりえもない学校でしたが、なぜか水泳が強くて、学校もそこを強化しようと、
夏になると毎日放課後に「特訓」と称してプールで泳がされました。

雨が降ろうと雷が鳴ろうと、放課後は毎日必ずプールで特訓。
体育のある日は昼間も入るので、放課後に濡れた水着を着るのが本当に嫌でした。

あの頃、朝起きるとラジオからかテレビからか「ハンガリー舞曲」が必ず流れていて、
その曲と特訓が嫌なのがセットになってしまい、今でもハンガリー舞曲は好きになれません。



そんな「特訓」の話を都会に住む親せきのおばさんに何気なく話しをしたところ、
おばさん大興奮。

「コトちゃんの親は何も言ってくれないの? 先生に言わないの?
おばさんたちだったら友達と一緒に学校に文句を言いに行くよ!」


私もプールは嫌で嫌で仕方なかったし、毎朝泣くほど憂鬱だったけれど、
だからといってそれを親が先生に言ってやめさせてもらう・・・というのは違うということが子供心にわかっていたのですよね。

40年前の話です。
でも40年前の都会には、親が出ていくというところもあったのだなぁと。




何が言いたいっていう話ではないので、まとめられなくてすいません。
ただ、有吉とマツコの会話に見えた昭和の一コマが懐かしくよみがえっただけの話。

昔はこうだったのに今はねぇ・・・
というのはあまり好きではないけれど、まぁ先生もやりづらい世の中になったなというのは確かかも?


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2 Comments

iitan says...""
お久しぶりです。
アニーさん、独り暮らしを謳歌されてるようで何よりです(^^)コトリさんも心の踏ん切りがついてスッキリですね♪


私の頃も先生は厳しかったですねー。
チョークが飛んでくるなんて日常茶飯事でしたし、中学の頃は生徒指導室から出てきた男子生徒の胸元に先生のスリッパの足跡がクッキリついていたり(^-^;)
でも怒られるのには理由があったし、納得してたり諦めていたんですよね。バレちゃしょうがない!みたいな(笑)
怒られた事は恥でもあったし、親にその事を言うだなんて恥の上塗りだから絶対言わないし、逆に先生もその時に思う存分怒ったらそれで終了で、あえて親に報告なんてのもなかったですし。(余程の事は保護者通告がありましたが)
良い意味で家庭と学校がくっきりとした線引きがあったのかなと。

幼稚園の先生を見てると、保護者への気配りに労力を使ってるのが見える瞬間が多々あってとっても不憫に思えます。
教育がサービス業になってしまってるんですよね。
世知辛い世の中ですよね。



2015.05.13 09:49 | URL | #- [edit]
iitan様 says...""
iitanさん、お久しぶり~^-^

そう、良い意味で線引きがありましたよね~。
それにあまりに見過ごせないような場合はさすがに親が出て来たし。

とはいえ、うちの親が出る場面はありませんでしたが^_^;


幼稚園はね~、確かに大変そうですよね。
先生がお母さんにものすごく気を使っているもの。

そしてあってはならないことだけど、
「世渡り上手なお母さんが優遇を受ける」
幼稚園でした、うちが通っていたところ。

もちろん、そういうことを知らなければ楽しく過ごせたのですよ?
でもいろいろ知っちゃうと・・・ね。

で、卒園したらそれっきり・・・です。
それはそれでもう割り切ったことだからいいのですが^_^;

本当に、教育がサービス業にならないことを祈るばかりです。
2015.05.13 17:05 | URL | #- [edit]

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