ことりログ

日々のつぶやきをつらつらと

In one of the stars I shall be living. In one of them I shall be laughing. And so it will be as if all the stars will be laughing when you look at the sky at night.

オットーが親に言った言葉を

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このブログ記事は少し前に書いて寝かせて(笑)おいたもの。
今の心境はまたちょっと変わってきていますが、こんな気持ちの移り変わりもどなたかの参考になるかもしれないので残しておきます。

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オットーは割とドライな感情の持ち主だと思っています。
それは自分と比べて、というだけなので、一般的にはどうなのかよくわからないですが。



どちらにしてもオットーは理系脳なので、
ドライというよりも、割り切って考える傾向にあるのでしょうね。
それが完全な文系脳である私には冷たく感じることもある、ということでしょう。



オットーの実母に対する感情も非常にあっさりしたもので、
それは性格的なものなのか、それとも男性と女性では違うのか、よくわかりません。


でも少なくとも私が両親に対しての感情に比べてかなりあっさりしていて、
時としてそれは
「薄情」
に感じることも。


血のつながった両親に対してそうなのだから、
血のつながりのない私(=妻)には、それ以上にあっさりしているのだろうなと思っています。


普段は優しいし言えばやってくれるし申し分のない夫ではありますが、
根っこの部分に育ってきた環境の違いや、持って生まれた性分の違いを感じるというか。



そんなオットーの冷たさ・・・と言ってはひどいかもしれませんが、
「そんな言い方はないよ」
と思ったことがあります。


それはオットーが大学入学で家を出た時の事。


隣の県の大学の寮に入寮した際、引っ越しについてきてくれた母親に向かって、
「まぁ、俺のことは死んだと思ってや」
と言ったのだとか。


それがどういうシチュエーションで発せられた言葉かわかりませんが、
その言葉だけ取り出すと、なんともひどいことを言うものだなと思いました。


それしたいしお義母さんは、
「そんなことないで。離れてたって子供は子供やで。」
と言ったのだそう。


どうしてこんなに優しいお義母さんから、あんな人非人(笑)が生まれてきたのだ首を傾げたくなりますが、
どうなんだろ、オットーのその言葉にはそんなに深い意味はなかったのか?




でもねぇ、
実際に大学生の息子を持った私は、この春、オットーが言った言葉をそっくり口にすることになりました。


あまりにも連絡はないし、何をして暮らしているのかわからないアニーに、
「私、アニーはもう死んだと思うことにする」
と。



ただそれは、苦しい自分の感情を緩和するためというか、
そう思うことで心配する気持ちを和らげようとする手段というか。


本当ならば、
「便りがないのは元気な証拠」
と言えばいいのでしょうが、私の思考回路は暗い方へ暗い方へと流れていくので(笑)



心配をしてもなんの連絡もなく、じりじりとした気持ちで過ごすのなら、
実際には死んでいないしで元気で暮らしているのだから、音沙汰がないくらい耐えられる、と。

ずいぶんと後ろ向きなポジティブシンキングというか^_^;



まぁ、親っていうのはこんな気持ちで過ごしている、ということです。
このブログ、アニーが読んでくれればいいのに(笑)


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2 Comments

says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.09.04 10:10 | | # [edit]
鍵コメ様 says...""
ナルホド、その違いですかぁ。
考えたことなかったので妙に納得です!

確かに、関東と関西では受け取り方の違いがあるかもしれませんね。
オットーの言い回しや考え方には慣れたつもりでいましたが、
生活圏が違うとなかなか気づかないこともありますね。

私はその話を聞いた時、
「ひどいことを言うもんだなぁ」
と感じたけれど、関西住まいの人にとってはさほど深い意味がないのかもしれませんね。

ここにこの話を書いてなんだかスッキリしました。
私もまだまだ、関西のオットを持つ妻になりきててないなぁ(笑)
2015.09.04 13:27 | URL | #- [edit]

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